2012年05月14日

アントニン・レーモンド

イタリアの夏は、みんなバカンスで2ヶ月くらいバッチリ休暇をとるので、スペイン広場のまわりや、有名店の立ち並ぶコンドッティ通りは日本人ばかりとなり、ローマの街は日本になってしまう。モンテサクロの住まいの周りも、東京の8月16日のように、シーンとした街になってしまう。しかし、住まいの近くの大きなお屋敷の庭で毎年、夏のパーティーが開かれる。バンドが入り、カンツォーネが聞こえてくる。それをアパートのベランダで椅子に座り、ひとりワインを飲みながら拝聴するのが楽しみなのだが、残念なことに、ちょうど夜中の12時でピタッと終わってしまう。日本だと近所からウルサイとモンクがきそうだが、お祭りのようなものでご近所一同みんなが楽しんでいる。楽しい時には楽しく。古くても良いものは残そうというのはイタリアの中に染み付いている。東京女子大学のアントニン・レーモンドが設計した東寮と体育館の保存運動に参加していたが、多くの東女の卒業生(私の義姉もそうだ)の涙と悔しさと怒りを背景に、とうとう解体されてしまった。こんなに素晴らしい建築をいとも簡単に、どうして壊してしまうのだろう。レーモンドの師匠フランク・ロイド・ライトの設計した自由学園はちゃんと目白に残っているではないか。永井路子さんが名言を残している。“ホンモノは「残さないでよかった」ことは一度もなく、「残してよかった」か「残せばよかった」しかない”この内容は『喪われたレーモンド建築』工作舎刊、という書籍となって、今、書店に並んでいる。イタリアでは、私の好きなルネサンスの建築家ブラマンテの設計した「二つの回廊」がカットーリカ・ディ・ミラーノ大学となっている。これに類したことはいくらでもある。東京女子大学の東寮と体育館については、まさしく「残せばよかった」。文化を軽んじ、経済路線一本槍でいくと逆に経済がだめになる。先日、日本経済新聞(4/14文化欄)に記載されていた文章(金森修・東大教授)の中の「科学」という言葉を「経済」という言葉と置き換えてみた。元の文章は原発事故に対する警鐘の言葉であるが、意味合いは全く同じだと思う。「・・・・これは経済だけでなく日本の社会システムの問題・・・・社会が経済と向き合うための新しい態度を、人文学や宗教など別の領域から示す必要があるのではないか」
posted by LA SAPIENZA at 17:39| Comment(0) | 日記